葛飾でひっそり暮らすIT屋の G Suite メモ

Google Apps で快適業務ライフなノウハウを伝えます

スーパーマリオブラザーズを自作した思い出

[任天堂岩田聡の死」を世界が深く悲しむ理由 | 「コミュ力」は鍛えられる! | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト](http://toyokeizai.net/articles/-/77203)

ぼくも任天堂にお世話になった身として、そこはかとなく切ないニュースでした。

家庭用ゲーム機というジャンルを確固たるものとした功績はどうにも表現しがたいものです。

ご冥福をお祈りします。

ぼくにとって任天堂とはスーパーマリオブラザーズ

小学生の頃、親がなかなかファミコンを買ってくれなかったので友だちの家で必死でやりました。若干鬱陶しがられている気配を感じましたが、背に腹は代えられず。

そんな中、ぼくの家にもやっとファミコンが来る日を迎えたのですが、それには涙なしでは語れないエピソードが。

あれ、目薬どこやった?

あの頃のぼくは、狂ったようにスーパーマリオを思い、恋焦がれていました。

八百屋できのこを見る度、花屋で花を見るたびに、強くなれるような気がしました。涙の数だけ強くなれなかったぼくでもそんな時期がありました。

どうしてもマリオをプレイしたい、でも自分ではどうにもできない。全ては親の財布に委ねられている。

日々考えました。

夜はぐっすり寝ていました。朝はもちろん寝坊です。

そこで僕氏 (8) がとった行動とは。

スーパーマリオの「自作」

現代のこの流れで言うと、子供ながらにプログラムを組んでマリオを自分で作り上げたというスーパーエピソードを期待しているかもしれません。

ごめんなさい m(_ _)m

僕氏が選んだ、スーパーマリオを自作する道具、それは...

自由帳

そう、自由帳です。天下のジャポニカ

です。

自由帳にマリオのステージを描いては、マリオの軌道を書き込み、山を越え、マグマを飛び越え、クッパをなぎ倒していったのです。

しかも、律儀に飛ぶタイミングを間違えた時には死ぬんです。

マジメか!

一体、スーパーマリオのために何冊の自由帳が消費されたのでしょう。

あの情熱、没入感は今ではなかなか味わえません。

そして、そんなぼくの姿を見た母が不憫に思い、めでたくファミコンスーパーマリオの購入へと至ったわけです。

そうか、あれは不憫だったのか...

なんか結構ヒャッハーいって盛り上がってトリップしてたんですが、ちょっとかわいそうな子だったのね。

そんな憧れのスーパーマリオを、ファミコンを生み出した任天堂には感謝の気持でいっぱいです。

感謝の気持がいっぱいで、毎日何時間もプレイし続けました。

そして、何度も母に、ファミコンを風呂に投げ入れられました。

あっさり買い直してくれました。

一度取り払われた行動障壁というのは、もう戻ってこないんだなぁと妙に感心してしまいます。

あとで気づいたのですが、その頃両親ともドクターマリオにはまっていたのでそれが買い直しの動機だったのかも...

落とし所を見失ったのでこのへんで無理やり終わらせます。